「運命」なんて、どうでもいい相手だからいえるもの。
宝塚に対する観客の本音を投影したようなヒロインに対し、真っ直ぐ「運命」といえる唯一無二の主人公が雪組公演『愛の不時着』にあった。
無骨なのに口説き文句はスラスラ出てくるリ・ジョンヒョク、意地悪く軽口をたたいたかと思えば純粋な表現をみせるク・スンジュン。今や宝塚歌劇でもなかなか御目にかかれない、理想の男役が説得力のある人物像で表現されていた。
昔の韓流ブーム時は、日本人にとってノスタルジー的需要があったと思う。その要素は残しながらも、韓国にとってノスタルジー的な世界である北朝鮮。
普通に日常を過ごしている人々がいることさえ忘れかけていたが、どこか懐かしい場所として鮮やかに描かれていた。
他国にとって北朝鮮はなんとなく禁句にしている、知ってるようで知らない国。それなりにセンシティブなテーマだと思う。
それが普通に存在している1国、いやまるで朝鮮統一後に後世に伝えるため作ったようであった。
国際社会に訴えたい思惑もあるだろう。
しかしそれを日本、それも女性だけの劇団に許可するのは意外だった。
旧統一教会本部のある韓国で、安倍元首相銃撃事件をふざけたコントにした「記憶にございません!」をやったなら。大炎上ではすまない。
国内だからといって星組公演が許されたのも疑問だが、国際問題になる。
『愛の不時着』は不謹慎さの無いきちんとした物語というのが大きいにしても。韓国エンタメ界は意外と、政治的思惑から自由になってきているのかもしれない。
夢白あやと華純沙那は、よく聞く「韓国人が好きな顔」そのものに思う。しかし疑惑でさえも徹底的に叩かれ追放されるほど、韓国芸能界はいじめに厳しいはず。
宝塚化を受け入れたというのは宙組生の転落死に関しても、軍隊的なパワハラはともかく「いじめはない」と保証したようなものだ。
お披露目の新トップスター朝美絢と雪組に異動が決まった瀬央ゆりあは、スムーズに出世してきたとは言い難い。
特に朝美絢は永久輝せあや暁千星といった下級生と同等~下のような扱いが多かった。
しかしここにきて永久輝せあは売上が振るわず、暁千星は全国ツアーも回っていない。
日本武道館コンサート『ANTHEM-アンセム-』の好調さは、星組人気が「礼真琴1人の歌」で成り立っていることを明白にした。
準備不足なままトップスターに就任し、売上が低迷するのは目に見えている。
コロナ禍や転落死事件により「宝塚歌劇団が無くなるのでは」と不安を煽られる状況が長年続いた。
純粋に見たいから売れるというより、ともかく支えたい。宝塚や贔屓を守りたい、という推し活的需要でチケットを捌いていた。
そんな夢を壊された宝塚で「礼真琴1人の歌」だけは純粋な支持といえる。
どんなに内部が殺伐、ギスギスしていても。
どんな席でどんな演目でも「あの歌が聞けるのならチケットを買う」という信頼があった。
特殊な状況において、必要なことだったとは思う。
しかし『愛の不時着』にはコロナ前に戻ったような、割り切ったビジネスではなく心から夢を見れる感覚があった。
やっと本当の意味で、宝塚の復活を感じたのだ。
コロナと事件で思うように消費出来なかった分と、役付きでいまいち通う気にならなかった分。Wのリベンジ消費がある朝美絢の雪組は、来年以降最も売れる組となるだろう。
御曹司トップスターより売れる叩き上げトップスター。宝塚はいい加減、スターの扱いも慣習を脱却する必要に迫られる。