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宝塚復活はやっぱりトップオブジャニーズ系朝美絢にかかっている

久々に見た宝塚歌劇団公式HPでのテレビ出演ニュース。

かつてはFNS歌謡祭から徹子の部屋まで、現役タカラジェンスのゲスト出演は幅広くあった。しかしコロナで外部仕事が難しくなり、転落事件によってNHKの舞台放送さえ切られ……という長い沈黙がとうとう破られたのだ。

 

潮目が変わったのは表向き、111周年の成功だろう。喪が明け、礼真琴の武道館公演で一気お祝いムードとなった。

111周年記念式典では OGの大騒ぎが問題視もされたが、それは長過ぎる地獄からやっと抜け出した反動だ。

 

とはいえ社会全体で考えると、旧ジャニーズ関連の影響は確実にある。

宝塚ファンはマイナーという自覚があり、年齢層も高い。ブランド力による高尚な趣味というイメージ、外部賞やファンでない層からの「宝塚は凄い」という称賛が大好物。

つまり旧ジャニーズファンと比べ、元々世間の批判に弱いのだ。

 

特に稼働率100%を超えチケットの完売が当たり前になると、タカラジェンヌの見方も加点方式から減点方式になっていく。

スポーツ的な上手さ判定を求めるファンが増え、スターへの負担が増えたことは過重労働に繋がった。

それは散々言及され尽くしているが、個性といえる特別な魅力より「特に欠点がない」至上主義な弊害もできた。加害疑惑というのは、実力やビジュアルとは比べ物にならない欠点だからだ。コロナから事件という長すぎる閉塞感もあり、加害者とされたなら排除しないと駄目な空気になっていた。

 

しかし遺族の同期102期、故人の同期103期はもちろん、ゴリ押しの105期にも度重なるリークでいじめやパワハラ加害の疑惑はある。

さすがに排除しきれない。そもそも一般的には無名かつ社会的地位も無い女性を、知名度ある週刊誌で一方的な個人叩きをさせるリークだって加害といえるだろう。

 

本気で宝塚歌劇団のパワハラ体質を報じるとなると、自分が加害者でもあるとする必要性が出てくる。それを避けるために個人や特定の組を叩かせようとしたのだろうが。102期103期が~100期のパワハラを訴えたことで、105期~は102期103期によるパワハラ加害を次々明るみに出した。

しかし105期の起こした問題も報じられる……と泥沼化していった。

 

音彩唯を中心とした、105期本科生時代の音楽学校転落自殺未遂。打ち所が悪ければ、宙組以上の大事件だったはずだ。

それなのに序盤に叩かれた宙組生ばかり責める声が多いのは、乱立したリークまで世間一般では注視されなかったからだろう。

 

つまりファンなのに自分の視点ではなく、 世間の批判を通して宝塚歌劇団を見ている場合が多い。

 

一方で旧ジャニーズファンの夢は強固だ。

故ジャニー喜多川による性加害問題、 そして黄金期の中心メンバーによるパワハラ・セクハラといった加害行為が訴えられた。

表舞台から一瞬で姿を消すこととなった、 日本を代表するレベルのスター達。一部の極端な排除論を最大規模で見せつけられ、 宝塚ファンにとっては鎮静化に繋がったように思う。

しかし当の旧ジャニーズファンは、アイドル本人への攻撃をあまり見ない。沈黙して夢に浸り続けるか、むしろ世論と戦うファンが目立つ。

 

特にタレントに対しては、加害者疑惑をかけられた仲間を大切にしている表明が絶賛される。

そして逆に距離を取るのは、お世話になった相手への「裏切り」と批判を浴びがちだ。

 

良し悪しはともかく、このスタンスが宝塚歌劇団への視線を変えたのは間違いない。

地上波復活が旧ジャニーズの大スター、 堂本光一と加藤シゲアキの番組というのはべストな選択である。

お花畑ファンの夢のような、クリーンなイメージにはもう戻れない。だからこそ新たな夢の世界を、どう作るか考えるべき時。

旧ジャニーズと宝塚歌劇団は、最良のパートナーかもしれない。

 

ジャニーズ系ど真ん中である朝美絢の存在感は、ますます強まっていく予感がしている。

花組『エリザベート』は誰の退団フラグなのか

永久輝せあの大劇場4 (死)作目が『エリザベート-愛と死の輪舞-』と発表された。

30周年にVISAイメージキャラクターがやる予想は以前からあったものの、前花組トップ娘役である星風まどか前提だった。星空美咲では事情が変わってしまう。

 

エリザベート役はこれまで、複数の男役とコンビになったトップ娘役がやっている。トップスターと添い遂げないトップ娘役は「不仲」「自分勝手」と叩かれがちだが、『エリザベート』という作品があることでバッシングを抑え込む効果があった。

女帝娘役の集大成として、退団公演になるパターンも定着しつつある。

 

しかし星空美咲は永久輝せあと共に就任したため、1人目の相手役だ。

外部では元男役の望海風斗・明日海りおがやっていたので、聖乃あすかや凪七瑠海を彷彿とさせる希波らいと辺りと役替わりの可能性もあるが。過重労働問題を考えると望ましくはない。

やはり誰かの退団が絡んでいるのが、大方の予想だろう。

 

1.永久輝せあの退団公演

初演に重ね、トップスターの退団公演説である。それなら星空美咲は女帝化直前になるので『エリザベート-愛と死の輪舞-』という作品が築いてきた文脈通り。

雪組出身のため初演の一路真輝、VISA音月桂の4作を踏襲してもおかしくはない。

プレ退団が全国ツアーというのは微妙だが、花組にもいた元宙組トップスター芹香斗亜も同じ。あの退団が事件やハラスメントのせいではない、というフォローになる。

博多座で余りに余っていた『マジシャンの憂鬱』を北海道でやる、強気な日程も納得だ。

この場合『蒼月抄』『EL DESEO』東京公演前には退団会見があると思われるため、近年にしては早めの発表にも合点がいく。

 

2.星空美咲の退団

娘役の地位向上として、女帝化しなくてもタイトルロールで大劇場1本立てをすべきというのも分かる。

ただ30周年という点に重きを置いて、20周年の実咲凜音のように次での退団だと『エリザベート』大千秋楽後の退団会見になりそうだ。モヤモヤした気持ちで観劇することになるだろう。

 

3.星空美咲のスライド

『アナスタシア』でスライドした星風まどかと、長いスパンでのトレードなら面白い。

不振やトラブルが続く宙組へ、縁の深い水美舞斗のために組替えするのも宝塚ファンが好むストーリーではある。 宙組の現状を考えると春乃さくらも退団せずWトップ娘役、なんなら水美舞斗も入れたWトップコンビでちょうどいいかもしれない。

しかしこの場合、唐突に発表されるのでずっと気が抜けなそうだ。

 

4.小池修一郎の退団

全て終わっても何も無かった場合、予想されるのは小池修一郎の退団である。以前から『エリザベート』を小柳奈穂子に引き継ぎ、真風涼帆や柚香光の退団公演を担当するなど匂わせはあった。

しかし週刊文春でパワハラやセクハラが暴露され、外部に専念するには厳しい状況なのかもしれない。だからといって宝塚歌劇団に残られても、改革がやりにくいだろう。

代表作である『ポーの一族』と『エリザベート』を立て続けにやるのは、餞別にも見える。

その場合はインタビューや作品を手掛けた際の表記が、一般に知れ渡るタイミングと思われるものの。正直、そんな後になって分かっても困る。

いくら宝塚歌劇団を代表する演出家といっても、表向きはスターに関する何かであって欲しいものだ。

トップオブトップを決める外部賞の行方

礼真琴が「令和の」トップオブトップとされている通り、次期トップオブトップは微妙に宙に浮いている。

任期は様々な事情が絡み、長期でも単に長いだけとされる。武道館など大きな会場での公演はトップオブトップの証になっているものの、あくまでも退団に向けた餞。

 

ではいつ差がつくのかといえば、トップスターに就任後早めに外部賞を取ることだろう。

 

次の永久輝せあ『蒼月抄』は宝塚大劇場3作目の日本物だ。

礼真琴『柳生忍法帖』、明日海りお『新源氏物語』を踏襲しており、 ここで受賞して明確にトップオブトップ化する想定と思われる。

 

しかしタカラジェンヌに安定して賞を与えてきた文化庁芸術祭は、贈賞を廃止している。他の賞でとなると、若干ハードルが上がりそうだ。

 

正直ここまでとは予想していなかったが、極美慎の加入により前回の『Goethe!』や『悪魔城ドラキュラ』『愛, Love Revue!』のチケット余りが嘘のように捌けている。

 

とはいえ3番手だけで、これまでの不人気イメージを払拭するのは難しい。

これまでのあまりに期待外れな不入りっぷりに、客もテンションを下げている雰囲気さえある。

取って付けたような受賞では、反感を買うだけだろう。

 

また他の外部賞となると、あっさり取ってしまいそうな朝美絢がいる。

宝塚が完売しにくくなったせいもあり、何をやっても売れるのは原作サイドにとっても大きな信用だ。今後も話題作がくるだろう。

一般受けするビジュアルに、圧倒的な集客力、そこに名作も加われば。普通ならもう、トップオブトップということになってしまう状況である。

宝塚の築いた伝統という、システムがどこまで枷となるか。

 

暁千星は礼真琴が武道館公演で宝塚を復活させ、111周年を成功させた上で満を持しての就任。

長きに渡る大混乱や殺伐とした時代がやっと終わり、久々に晴れやかな祝福ムードで就任した唯一のトップスターといえる。

次の大劇場『RRR × TAKA”R”AZUKA ~√Rama~』は外部とのコラボ状態。 外部版とセットで評価を得やすいため、相乗効果で受賞もあり得そうだ。

 

鳳月杏が受賞した場合、轟悠のような本当のトップオブトップになりそうではある。それはそれで良いかもしれない。

 

桜木みなと、というか宙組はそれどころではない。

ただ元々宙組は別物という風潮もある。真風涼帆が大規模コンサート、コラボや超大作を次々成功させながらまるで無かったことのようにされているのが現状だ。

 

 

ネットの普及で明確な集客力を隠せなくなった今、トップオブトップという立場が作られるとしたら。

実質の朝美絢、形式の永久輝せあ、タイミングの良い暁千星の三つ巴といえる。

 

それともそのやり方から脱却するのが、宝塚歌劇団の改革なのだろうか。

礼真琴の他人行儀な古巣と他人事な新天地

二番手時代までは順風満帆そのものだった礼真琴だが、トップスター就任直前に文春砲。

コロナや宙組事件が続き110周年が丸潰れになるまで、5年ほどは地獄そのものだった。

 

そんな最低最悪の暗黒期を背負った宝塚歌劇団を退団後、初主演ミュージカルである『バーレスク』 公演中止が発表された。

日本武道館コンサートや退団公演の大成功で、呪いがやっと解けたと思った矢先にこれは辛い。

 

気になったのは所属事務所CULENの礼真琴ページやファンクラブサイトにある、梅田芸術劇場の以下謝罪文である。

 

 

“ミュージカル『バーレスク』公演中止に関して

  

 弊社、株式会社梅田芸術劇場では、ミュージカル『バーレスク』日本版公演の上演権を取得し、実現に向けて

入念に制作における準備を進めておりましたが、誠に遺憾ながら、本公演を断念せざるを得ない状況となりました。

主演 礼真琴様のご出演を心待ちにしてくださっていた皆様に、心よりお詫び申し上げます。

本公演の中止は全て弊社側の問題であり、既に主演キャストとして公表されている礼真琴様に一切関係ございません。

 

特にメディア関係者におかれましては、本件に関し、事実に反する憶測の報道によって、礼真琴様の名誉が毀損され、

あるいは損害が生じた場合には、各社に対して法的措置を採りますことを申し添えます。

 

尚、本件に関するお問い合わせがある場合は、弊社までご連絡いただきますようお願い申し上げます。

 

2026年1月9日 株式会社梅田芸術劇場”

 

 

『バーレスク』を礼真琴が主演することは、解禁前に週刊文春がCULEN所属と共に報じていた。阪急阪神ホールディングスグループとして、身内主催の意図があるともされていた。もし他候補に対し出来レースだったとしても、たいして珍しくもない話である。解禁前という以外は、特に問題のない内容に思った。

 

しかしこの文では異様なほどに様付けで連呼していて、退団し別系統の事務所に入ったとはいえ他人行儀すぎる。妙な緊張感のある文面に、 後ろ暗い点でもあるかのような印象を受けた。

また「礼真琴への名誉毀損があれば法的措置を採り、問い合わせも梅田芸術劇場が対応する」のを「CULENのホームページで表明する」のも違和感がある。

梅田芸術劇場のサイトでは、礼真琴個人に触れた文は見つからなかった。

 

つまり礼真琴についての謝罪は梅田芸術劇場の本意というより、CULENの望む内容をCULENが書かせ梅田芸術劇場の名義で公開したように感じる。

どことなく威圧的で、いじめやパワハラっぽい。

 

ジャニーズ黄金期の中心人物による事務所というと華々しいものの、業界きってのえげつなさで知られていたのも事実である。お世辞にもクリーンなイメージとはいえないのに、古巣を威圧するような態度には困惑する。

 

ロンドン公演でのトラブルは既に大きな話題になっており、礼真琴やCULENに原因がないというのは納得できる。心機一転させたい事務所からしたら、 不本意な主催だったのかもしれない。

何より、責任を取る余力はないのだろう。1ミリも認めるわけにいかないのも仕方がない。

 

ただ所属前から実質的には内定していたとしても、所属したからには仕事を精査する立場である。

リスクが見えていたにも関わらず発表したことで、注目度やファンクラブ会員数などに少なからず貢献しただろう。

 

公演中止そのものにCULENの責が無いとしても、旨味を得たからには責も負う姿勢が欲しかった。

それなのにCULENとしてのコメントは

 

“本件に関して、驚きを感じると共に、残念な気持ちです。

弊社は今後も、礼真琴が専心して活動できるよう、心を尽くしてまいります。”

 

というだけ。まるで他人事のようである。

 

事務所の責任を言及することまで、脅しをもって禁止。わざわざ梅田芸術劇場側にいわせるというのも、歪んだ力関係がみえる。そんな状況を客に痛感せるのは、イメージダウンでしかないだろう。

 

暗黒期である「地獄の5年」をみていたファンにとって、誰かに責任を負わせれば済むという姿勢は不安要素でもある。

 

ジャニーズ帝国を崩壊させることで利を得たのだろうが、宝塚にもそのスタンスならば。

ファンは礼真琴か宝塚歌劇団か、選択を迫られるかもしれない。

白人の日本物ヒロインはつり目トランス問題を背負う

アメリカ人の父を持ち白人にみえる音彩唯の純日本人役は、男性の宝塚歌劇団入りに繋がる。

優位な人種が劣位の人種として演じ、 受け入れさせるのは文化の盗用。暴力だ。

 

弱者側に強者を受け入れることを強いるのは、新たな差別なのだ。白人至上主義という古からの強固な人種差別を、更に塗り固めているだけに過ぎない。

 

その行きつく先は「男性を入れろ」。

日米ハーフの音彩唯が半分は日本人だというなら、男性でも半分はX染色体だ。

世界的に見れば落ち着きを取り戻しつつあるトランス問題だが、日本は周回遅れかつ男尊女卑傾向のせいか女子大学での受け入れが活発化しだした。

音彩唯の雪組トップ娘役決定、そしてお披露目の『波うららかに、めおと日和』によって、今後宝塚も巻き添えを食うリスクが増すだろう。

 

多様性という名目が厄介で、 いわゆる男子部をつくるのではなく女性の中に割って入る。なんなら身長180cmの筋骨隆々な娘役を「受け入れさせる」のが目的になってしまう。

 

近年ルッキズムや、エイジズムが問題視されるようになった。宝塚音楽学校も応募資格から容姿端麗の表記がなくなり、年齢の引き上げも求められてきている。

 

しかし現ルッキズムやエイジズムは白人と男性が決め、アジア人含めた有色人種や女性に押し付けていたもの。今求められているのは、白人と男性が決めていた価値観からの脱却だ。

 

白人の日本人役や生物学的男性のタカラジェンヌは、身体的にも社会的にも強者側が弱者の場所を奪う侵略。

それなのに本来弱者を救うための多様性を持ちだし、人数が少ないという理由でマイノリティぶる。

これこそが強者の持つ醜悪さだが、弱者は弱者だからこそ迎合してしまう。

 

また白人を中心にアジア人ヘの揶揄に使われてきた、人種差別的な 「Slanted eye(つり上がった細い目)」がつり目ジェスチャー問題などで注目されている。

ミス・フィンランドは称号を剥奪され、議員の投稿についてはフィンランド首相が謝罪声明を出す事態までになった。

 

音彩唯も不必要な場面でつり目メイクをしている。これまでも目の大きいタカラジェンヌは、日本物で目を開き過ぎないようにと言われることはあったらしい。 周囲から浮かず日本人にみえるように、つり目メイクや目を細める手段が定着していたのかもしれないが。

アジア人差別が日本国内で行われているとなれば、 世界的な炎上に繋がる恐れがある。

 

特にトップ娘役はポスターなどで目を伏せ、 細く見せた写真を使われることも多い。ニカっと笑いすぎても、 目を細めることになってしまう。

個人が責任を負うには重過ぎる感はあるものの、 アメリカ人の父親を売りにしてきた音彩唯だ。

センシティブにならなければならない。

 

 

2025年に入ってからは 111周年も成功した。

5年もの悲惨な地獄が嘘のように、宝塚歌劇団の復活を感じてはいる。

 

それでも宙組は公演中止などまだ懸念が残り、今や圧倒的な人気を誇る朝美絢の雪組頼りだ。

この勢いを邪魔しないよう、徹底的な炎上回避に務めて欲しい。

宙組公演再開!でも安心出来ない中止リスク抱え過ぎ問題

2019年以来、6年ぶりに(台風のような外的要因を除いた)公演中止が無い完走年になるかと思われた2025年。

最後の最後に宙組公演『PRINCE OF LEGEND』『BAYSIDE STAR』が中止されてしまった。

 

「主要な出演者の体調不良」とだけあるものの、星組の「1789-バスティーユの恋人たち-」大劇場での大量中止時には、複数というのも公表されていたが今回は無い。また東京では当時のトップスター礼真琴の体調不良で中断し、4日間中止した後の日程では暁千星が代役で再開した。

そのためトップスターの桜木みなとの体調不良であり、代役となるはずの水美舞斗が既にケガで休演しているため中止しかなかったと思われている。

また東京公演開幕時に休演していた天彩峰里など、主要なスターの休演者が多い。

 

103期生の転落事件、いやその前のヘアアイロン事件のリークから「宙組生全員に」多大なストレスがかかっていたのは明らかだ。何をしてもしなくても、この状況は至極当然なのかもしれない。

しかし配慮としてやったことが、裏目に出たようにも思う。

 

まずは前述の水美舞斗の代役が、10日間ほど新人公演で演じた泉堂成だったことだ。

代役が鷹翔千空に変更になったばかりで公演中止となったが、これは本来の代役に準備を課していないということだろう。過重労働が気になるのは分かるが、大劇場ならまだしも東京公演の後半で対応出来ない状況は厳しい。

桜木みなとからしたらお披露目なのに、絡みの多い2番手役が2度変更。それも学年の遠い世代とやらなければいけなかった。

 

102期の遺族は同期がトップ娘役を務めていても構わず、宙組の公演再開を阻んだ。

一方で他組の102期は、苦しむ遺族も動けない同期もスルー。

臭いものには蓋をして、白々しい仲間アピールを繰り返した。

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96期を支えた95期からすると、102期以下とは道徳観や倫理観から根本的に違う。

いつ何を週刊誌に流されるか、理解の難しい学年差だ。

 

常に背中から撃たれるのを警戒しながら気遣い、舞台も完成させなければならない。

かなりの緊張感とストレスだろう。

鷹翔千空にいつでも代われる覚悟を背負わせなかったことは、そのまま桜木みなとの負担になったと考えれる。

 

 

今回は特に不自然な年跨ぎ公演で、

宝塚歌劇111周年を締めくくるアニバーサリーイベント『TAKARAZUKA FANtastic Christmas in UMEDA』の目玉だったトークショーからも外された。

宝塚歌劇111周年記念式典をOG向けとして、配信など行わなかった点からも「宙組を受け入れられないファンへの配慮」が優先されている。

 

当の宙組ファンも今回のショーで使用楽曲「海ゆかば」を変更させるなど、暴走気味だ。

アメリカ人父を持つ日米ハーフ、音彩唯の新トップ娘役お披露目がよりによって『波うららかに、めおと日和』。

アメリカとの戦争の影が忍び寄る頃の、帝国海軍中尉の妻がアメリカ人になった。

元雪組トップ娘役の咲妃みゆが主要な役だったとはいえ、桜木みなとも朝美絢と同じ95期。横須賀に近い神奈川出身なので、宙組という選択肢もあったはずだ。

「軍歌を歌えない」のが枷である可能性は高い。

 

またその咲妃みゆへのインタビュー記事で「宝塚では咲妃さんとご縁のある鳳月杏さん、朝美絢さん、永久輝せあさん、暁千星さんがトップスターとして活躍されています。」という文があった。

しかし前述の通り、桜木みなとは予科本科なので十分縁がある。全員といった方がインパクトがあるのに、避けられるのが今の宙組なのだ。

(実際のインタビュー時には言っていて、記事で削除した可能性も高いので誰の意図かは分からないが)

 

 

公演再開と共に水美舞斗の(一部)復帰も発表されたものの、タイミングがタイミングなので無理をさせた印象を受ける。再度中止になる不安は、むしろ強まった。

無事に公演が行われるか、贔屓が出るか分からない不安が広がると、チケットを取るハードルが上がる。

チケットが売れなければ、宙組生のストレスになるだろう。私設ファンクラブが無理な客寄せを始めることもある。

その負担は、さらに公演中止のリスクを上げるのだ。

 

この負の連鎖を、断ち切る方法はあるのだろうか。

極美慎は花組に風穴を開けるか

極美慎の花組生として最初かつ東上初主演の『DEAN』は、 星組スターとして集大成のような公演であった。

 

新人公演で主演をした『ベルリン、わが愛』と立場は違いながらも、 映画人としてカメラに向き合う姿は共通している。 星空や車の臨場感といったその世界を体感させる演出は、宝塚に確かに残されていた。

『霧深きエルベのほとり』のように世慣れ女慣れしながら、不器用さを併せ持った人物像がしっくりくる。異質で浮いた存在として、馴染めきれないまま終わる孤独さ。

その感情を爆発させる、魂の芝居は心を動かすものがあった。

『BIG FISH(ビッグ・フィッシュ)』のようなラストながら生え抜きトップスターとして円熟の礼真琴と、 組替えしたて極美慎の対極さがまざまざと表現された。

 

原版はもちろん史実があるので大胆に改変とはいかない上に、花組生や花組ファンに星組で築いたイメージを定着させたいからこその演目ともいえる。

ただ宝塚の筆頭組であり、伝統とプライドの花組。

『ポーの一族』の出演がはっきりしない瀬央ゆりあに続き、花組へ組替えした極美慎も「星組出身者の芹香斗亜的扱い」が危ぶまれている。

ジェームズ・ディーンのように「道半ば」で花組を去ることを示唆しているようにも感じた。

 

組も年功序列の傾向があり、花組から他組へ行くのは降格。下の組配属者より優遇されて当たり前といった風潮がある。

そのせいか星組出身者の扱いは悪い。 星組配属の有望娘役は組替え先での冷遇が目立ち、当の星組はスポンサー重視。宙組配属者のように末っ子的な配慮もされない。

 

星組配属者が丁重に扱われるには宙組しかなかったからこそ、真風涼帆、芹香斗亜、天彩峰里が集中しバッシングに繋がったといえる。

また花組は最も「お堅い組」として、星組とまた違った厳しい組というのがプライドだった。

しかし宙組のパワハラ問題で宝塚歌劇団の厳しい上下関係はもちろん、男役と娘役の不均衡、男尊女卑な感覚にも批判が集まってきた。

 

それもあってかゴリ押しされてきた永久輝せあながら人気は低迷、宙組がなければワーストの危機にもある。

だからこそ起爆剤になることを求められているはずの極美慎だが、同期~予科本科のトップ娘役時代が無いままだ。

 

最大限に近い学年の海乃美月で用意された鳳月杏や、組替え前など間が空いた場合を含め近年

同期~予科本科のトップ娘役時代が無いまま、トップスターに就任はほぼない。

無理になったとしても、人気が出る可能性はさらに低い。

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現花組トップ娘役の星空美咲は105期。これは極美慎を花組トップスターにする気がない表明といえる。

ただイメージキャラクターに就けた、加美乃素の目もあるだろう。大劇場公演の貸切キャンペーンのために、不人気組からの早急な脱却が求められてもいる。

 

何より「いらなくなったら他組へ押し付け、他組配属者より優遇させる」組同士のパワハラが、 巡り巡って宙組の事件を引き起こし110周年も潰したのだ。

 

宝塚歌劇団全体に先駆け、花組のお山の大将的な自意識も改革すべきタイミングかもしれない。

雪組『ポーの一族』でジャニーイケコ疑惑払拭は乱暴

兄妹で人種が違うエドガーとメリーベルになりそうな『ポーの一族』雪組再演。

シーラでも姉といわれるので血縁が疑われる場面はなく、異人では話が変わってしまう。

 

『波うららかに、めおと日和』に続き設定を根幹からぶち壊し、話の腰を折る作品クラッシャー。音彩唯が厄介なのか、普通に『舞姫』や『マッサン』にしない雪組の問題か。

「底辺人種のアジア人が最上位人種である白人の役をやるのだから~白人アメリカ人様が何をしても批判できない~」という白人至上主義、奴隷根性が日本国内でさえも丸出しとは。

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102期の転落死遺族がいたのも雪組。出演予定だった『ベルサイユのばら』で音彩唯は故人を悪女として揶揄するようなジャンヌを演じた。

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またメリーベルの話を追加すると、若者の自殺が入る。『ロミオとジュリエット』のように自殺がクライマックスではないが、センシティブにはなる。

 

宙組ばかり炎上するが、102期(遺族の同期)や103期(故人の同期)は不謹慎な言動が多い。

110周年が潰された恨み辛み、宝塚GRAPHにて天彩峰里のヘアアイロン記事が問題になったせいもあるのだろうが。

転落死事件を軽視する故人や遺族への揶揄は、102期や103期が率先している。

 

102期と103期、そして雪組。遺族が戦いにくい相手は、故人と遺族を揶揄し軽視するパワハラ、いじめの道具になっているのだ。

 

 

しかし何より気になったのは、文春による「宝塚のジャニー」を象徴する作品を再演することである。

大前提として『ポーの一族』は小池修一郎、そして宝塚を代表する超名作。

小池修一郎や宝塚歌劇団への文春砲が、世界に伝わっているとは思えない。国内でなぁなぁにすることで、塞き止めている状態だ。

海外作品と違い日本の人気作をやることは、原作者も理解した上で心から認めたと安心出来る作品ではある。

 

ー方で耽美系少年ジャンルとして、BLファンを魅了し続ける作品でもある。初演でも外部でもエドガーとアランのポスターなのは、その辺りの需要も分かってのことだろう。

 

だからこそ文春では「少年系好みで男性にセクハラする宝塚のジャニー」と記事にした。

小池修一郎がパワハラ気質であることは、星組公演『1789 -バスティーユの恋人たち-』で大量の公演中止や時問変更、トップスター礼真琴が公演中断させるまでの事態に陥ったことからも疑いはない。

劇団は原田諒とも和解しており、男性同士でのセクハラが事実でも退団に至らないのも理解できる。

 

しかしあの記事は「ポーの一族作家」というイメージに合わせてもいた。

確かに少年系主人公の作品を成功させてきた演出家だが、集客力のある(若手だとバックが強い)生徒を偏重する=権力志向の結果に思う。

その意味では起用のメリットが低そうな集客力でも、贔屓してきた凪七瑠海こそが好みといえる。

集客力のわりに大切にされてきたスターは、たいてい凪七瑠海顔だ。

 

丸くて小さい顔で、のっぺりと平たくパーツの主張が弱い。顔の印象が弱いのでスタイルが際立つものの、身長のわりに頭身が高く少年系とは言い難い。

 

「小池修一郎のお気に入り」で首席入団した凪七瑠海の存在からか、文春砲があっても89期は小池修一郎と密にタッグを組み続けている。

反面、95期辺りからは距離が出てきた。リスクを承知で関わるほどでもないと、地位が揺らいでいるのか。なんとしても払拭し、イメージ改善を図りたいのは分かる。

 

文春は作品を傷つけたともいえるため、原作者もこのままではいられないだろう。

しかし単純に『ポーの一族』の世界に圧倒させて黙らせる、というのは乱暴である。

「素晴らしい舞台のためにハラスメントは仕方ない」という理屈が通らなくなったから、問題視されているのだ。

 

102期や103期がパワハラや事件について、遺族を黙らせようと率先して前に出る。倫理的にはともかく効果的という意味では理解できる。

しかし『ポーの一族』の素晴らしさを文春砲に対抗する道具にしても、疑惑を掘り返されるだけだ。

お花代は高額転売

私設FCでチケット代に上乗せして払われるお花代(サポート代)が、高額転売に抵触する恐れとなった。

元々宝塚のチケットは完売が当たり前ではなく、余るチケットを捌くためのファンクラブだったはずだ。しかしチケ難公演が続き、プレイガイド感覚で入るファンが増えた。

コロナ前まではまだ単純な金額ではなく、手伝いや入り出待ちなどイベントに来る「行動」が最重要だったように思う。それなら際限なくとはいかなかった上に、人間関係も形成されていた。

しかしコロナで「行動」は激減し、チケットを競り落とすのが会活動となった

 

お花代は既定の手数料ではなく青天井で、ファン同士を競わせる意図がある。

また競争率の高い男役スターではなく、 相手役のトップ娘役や下級生の会員になるパターンも目立つ。その場合は純粋な応援ではなく、他の会員より多いか少ないか見極めて金額を決めるオークション状態だ。

つまりトップスター(主演男役)の人気によって収入が大幅に変わってしまう。自分に多額のお花代をもたらすトップスターには従うが、実入りの下がるスターは見下す「消費者感覚の組子」が増えたのはリーク記事からも察せる。

 

逆に宙組はリークのイメージダウンによる売れ行き悪化が、故人へのいじめやパワハラに繋がったとする記事もあった。

 

今ではオリジナルも売れるのは朝美絢の雪組くらいで、宝塚大劇場も含め地方公演は観劇すること自体が貢献になっていくと予想はされる。

ただチケットが余っていた時代は、お茶会など私設FCのイベントの席やスターのサービス目当てでお花代を積んでいた。他に出演者もいないので高額転売にはならないだろうが、風営法改正で過度な競争意識を生じさせるのは禁止になった。

 

売上の表記、No.1やトップなど順位や役職の誇示といった「煽る表現」が出来なくなっている。

宝塚で一般のチケット売上は主演男役の功績とされ、 役職はもちろんトップスター。根っからの煽りシステムだ。

 

AKB48さえもコロナ前に総選挙を中止しており、ファンを競わせる推し活ビジネスは危険だという認識が広まりつつある。

しかし宝塚では量産された上級生2番手が鳳月杏の就任を迎え、水美舞斗、瀬央ゆりあ、瑠風輝の同期2番手時代に移った。

ファンはスター同士のチケット捌きとFC内のお花代、2つの競争を煽られている。

 

さらに長い間グレーで済ませていたものが、 SNS の発展で「明確で分かりやすい答えを欲しがるファン」と「答えてしまう自称私設FC関係者」のやりとりを世界中に公開してしまっている。それも余計にヒートアップさせ、週刊誌に目をつけられた要因だろう。

 

ただでさえ宙組事件以降、世間が宝塚歌劇団に向ける目は冷たい。

「そこに愛はある」からこそ

危ない橋を渡るような真似は、即刻止めさせるべきだ。

悲惨な時代を牽引したトップオブトップ/文春砲は礼真琴に始まり礼真琴に終わる!?

礼真琴がトップになる直前に文春砲が始まり、就任2日前のサヨナラショー付き前楽は中止。それさえ悲劇の序章で、コロナから事件まで続く。宝塚史上最低最悪の長く悲惨なトップ時代となった。

しかし退団を発表した途端、武道館コンサートも退団公演も大成功。地獄の底からいきなり天国だ。

 

礼真琴のCULEN所属も公式に発表される一月ほど前に、『BURLESQUE バーレスク』主演をサラッと含めて週刊文春の記事となっていた。

露出が多いためか前述の礼真琴最初の文春砲(プライベート流出記事)を思い出すコメントがあり、伏線回収のようになっていた。これで宝塚の悲惨な時代が完全に終わることを願う。

 

文春砲という非がありながら「礼真琴の歌が聞ける」というだけで、コロナの不安を抱えながらもチケットが捌けた。礼真琴は絶対的な正解となり、礼真琴とは違う面は不正解にされた。

まともな時代ならまた違ったやり方になったのかもしれないが、総合芸術の宝塚において異質である。

 

そのせいか礼真琴退団後、星組出身のトップはいなくなった。

礼真琴が育てたと言えるのは実質的な相手役が多く、抜群の相性の良さを発揮していた詩ちづるぐらいだろう。身長やビジュアルのバランスが完璧かつ、持ち味のピースがピッタリとハマっていた。

お互いがお互いを引き立て合うため、詩ちづる個人は不正解にされがちだったが。やはり並びとしては理想的で、最も魅力が引き出されたスターといえる。

それでも生え抜きではなく、後年に詰め込んだだけだ。

 

暁千星はトップ娘役兼任の裏トップではあったものの、礼真琴のスペア感が強かった。礼真琴と重なる部分しか認められていない。

状況が状況だけに星組にきて人気が上がった印象も無く、月組時代に期待されたままを実現しそうである。

 

明日海りおのお披露目である花組公演『エリザベート-愛と死の輪舞-』は、NOW ON STAGE出演者(北翔海莉、望海風斗、芹香斗亜、柚香光)が全員トップスターになり話題となった。

さらにそこに鳳月杏が加わり、宙組で水美舞斗もなればほぼコンプリート。

宝塚歌劇団自体が最盛期だったこともあるが、次代に繋いだまさに黄金期といえる。

 

柚希礼音の時代も礼真琴はもちろん、凰稀かなめやトリオ売りも多かった紅ゆずると真風涼帆もトップスターになっている。

退団近くの東急シアターオーブ『太陽王 ~ル・ロワ・ソレイユ~』では妃海風と綺咲愛里Wヒロインで相手役とし、両方後にトップ娘役となった。

 

 

比べると礼真琴時代は育ったトップがいない現状の上、今後の望みも薄い。

花組へ組替えした極美慎は、加美乃素イメージキャラクターという点のみ。スポンサー力だけの、準備不足な就任では厳しいだろう。

しかし同期~予科本科のトップ娘役にしてもらった時代がない=トップスターへの準備はしてもらえていない。

 

同じく瀬央ゆりあも、星組時代の95期96期トップ娘役は礼真琴がメインと考えると微妙。現実的に難しいのもあるが、せめて近い学年にするパターンもあるのに音彩唯では望みが薄そうだ。

 

天飛華音は舞空瞳と共に同期の102期が遺族になった、予科本科である103期転落死事件直後の主演公演を強行。

宝塚が判断ミスしたきっかけであり、110 周年を潰した。

 

三回忌には遺族の102期(天飛華音)と故人の103期(瑠璃花夏)主演で、現場近くのバウホール公演『アレクサンダー』を開幕させた。

102期103期の主演は「遺族や故人を軽視する」道具になる。

 

元含めタカラジェンヌでい続けることが、102期は遺族へ、103期は故人への加害なのだ。

 

そう考えると手堅いのは、105期で同期のトップ娘役が就任した稀惺かずとぐらい。

礼真琴の育てたといえるトップスターが、唯一無二になってしまうかもしれない。

音彩唯のアメリカノイズで朝美絢体制が「売国の雪組」に!?

『火垂るの墓』の節子だけアメリカ人が演じたら、大問題だ。

日本人への冒涜としかいいようがない、アジア人蔑視である。

 

日米ハーフでかなりアメリカ色が強い新雪組トップ娘役、音彩唯が『波うららかに、めおと日和』のなつ美をやるのも同じ。

 

戦闘シーンが描かれる可能性は低いが、アメリカとの「戦争の影が忍び寄る」時代がテーマなのは言うまでもない。

アメリカ兵と戦うことになる瀧昌を思うなつ美が、アメリカ人にみえると話が全く変わってしまう。

 

ルーツ非公開というわけでもなく、入団時から「アメリカ人を父に持つ」ことを売りにしてきたのだ。

音彩唯は宝塚において、名実共にアメリカの象徴である。

 

またなつ美は家族との場面も多い。純日本人顔の両親や姉妹に囲まれて、一人だけどう見ても白人系なのは特殊な設定が必要になる。普通にしてたらおかしい。

しかも洋風は「新しい物」としてソワソワ接する、どう見ても西洋人では成り立たない話が多い。

変なノイズとなり、本来のストーリーが入ってこなくなるだろう。

 

有色人種が白人をやるのはポリコレだが、白人が有色人種をやるのは特権拡大の侵略。文化の盗用だ。

音彩唯はあくまでも白人系だが、日本においては白人として扱われる見た目である。人種間の力関係について、日本人はとことん鈍い。

 

近年、白人によるアジア人への差別攻撃が SNS などでも広く周知されるようになった。白人のアジア人蔑視は、日本国内にいても痛感できる。

しかし日本人は被差別階級であることを自覚せず、白人系に譲り与える側というお花畑思考が目立つ。

そうして「日本人」を明け渡し、根っこから全て奪わせようとしているのだ。

 

音彩唯の弊害は無茶苦茶なダイバーシティを強要する日本物より、周囲を偽物にする西洋舞台の方が大きいと思っていた。

 

朝美絢も瀬央ゆりあも濃い顔立ちで洋物が似合う方ではあるが、本物の白人である音彩唯と並ぶとどうしても偽物になってしまう。

男役の中に本物の男性が入るのと似た現象だ。

 

宝塚の「虚構」は、演者やスタッフ全員の配慮で作られる。男役は偽物の男性ではあるので、娘役は特に気をつける必要がある。トップ娘役がトップスターを公開処刑など論外。

音彩唯1人の違和感なら見て見ぬふり出来ても、舞台全体が壊されると見ていられない。

 

しかし今回の件で、日本物に出すこと自体にセンシティブな問題があると痛感した。

 

また宙組公演『BAYSIDE STAR』の「海ゆかば」や、故人と重なる音彩唯の火傷痕

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他の不護慎な件も、単なる劇団のチェック不足だとする声が多かった。

 

しかし今回の件から、全てわざとだと考えるしかなくなる。

生ぬるい信用も崩壊したのだ。

次は広島や長崎で「消えた8月」でも歌わせるのだろうか。

戦争のエンタメ化と宙組問題 桜木みなと「海ゆかば」は軍歌か鎮魂歌か

東京五輪の閉会式で、自衛隊の演奏に合わせて国歌斉唱した宝塚歌劇団。当時はコロナ禍で中止が連発しており、客に誰とも話さずすぐ帰るようアナウンスしていた。

それなのに大人数が集まるイベントに大移動で参加したダブスタっぷりや、裏で下級生も巻き込んでいたことを週刊誌にリークされそれなりに炎上した。

 

しかし「君が代」を歌ったことはそこまで言及されなかったのに、今回宙組公演『BAYSIDE STAR』の「海ゆかば」は大炎上中だ。

 

 

批判意見:戦争のエンタメ化

宝塚は愛をテーマにしているというが、実際は戦いを描くことが多い。大きな劇場でのミュージカルで、大人数で盛り上がりのあるシーンに最適だからだ。 男役中心主義もあり、見せ場は戦闘シーンの作品が多い。

しかし日本人の多くは戦闘経験どころか、戦場を自分の目で見たこともない。ましてや宝塚のように閉じられた世界で創作活動をしている演出家は、歴史どころか今失われている命さえエンタメ扱いしてしまう面がある。

 

ロシアのウクライナ侵攻に乗っかれば、マイナー話でも手っ取り早く受けるだろうという弊害が現れたのが『ディミトリ~曙光に散る、紫の花~』

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ウクライナから近隣国にズラすことで、責任からは逃げ利用だけした。

 

102期の遺族含め故人側にも、この不謹慎さが伝わったのだろうか。転落死を招いた「ヘアアイロン記事」を掲載させたのも『ディミトリ』公演中だ。

 

そしてその時のショー『JAGUAR BEAT-ジャガービート-』にも戦争シーンがあり、今回の海ゆかばを入れた『BAYSIDE STAR』と同じ齋藤吉正の作品である。

「安全圏から戦争を消費する箱入り作家」なのは否定できない。

 

 

擁護意見:故人への鎮魂歌

知名度に差があるため戦時中の天皇への歌というイメージが塗り替えられないのだろうが、海上自衛隊が現在も歌っている以上は君が代のような扱いなのだろう。

何より鎮魂歌とされている。喪服のような衣装と後の曲を合わせると、色々な理由で亡くなられた方々への思いが込められているという擁護も出てきた。

さすがにこのタイミングに宙組で死を悼むのは、転落事件についての思いが込められているはずだ。実際に事件後は若手演出家を中心に、宝塚の陰りや明らかに死を悼んでいる演出が多かった。

 

反面ベテラン演出家は、ヘアアイロンでの額の火傷を揶揄していた。

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笑い話で済ませるべき額の怪我(記憶にございません!)を、火傷させられたと騒ぐ方(ベルサイユのばら)がおかしい、と非難していた喪中。

 

酷すぎる比較対象だが「勝手に騒いで自滅したモンスター団員」と叩いていた故人を、過重労働による「殉職」とするならマシにはなっている。

 

三回忌に現場近くの大劇場で行われる公演だ。新トップスターのお披露目なのも重なり、宙組生はもちろん劇場中が当時に思いをはせてしまうだろう。劇団としてコメントや黙祷は認められないからこそ、数多の犠牲になった命と一緒くたにして捧げる鎮魂歌はギリギリの折裏案かもしれない。

 

楽曲の変更は批判内容を認め、擁護意見を否定することになるが。果たして。

タカラジェンヌの誇りと当事者意識が両立しない(一部)OG問題

102期である遺族をはじめ、元を含めた多くの生徒が宝塚を叩いた。

もちろんこれまでも内心様々な本音はあっただろうが、「宝塚を裏切らない」という一定の信用が崩壊したのだ。

 

以前から批判を浴びていた暴露系YouTuberなどは、叩いても揺らがないと安心していたからこそ売名に使ったはず。

「宝塚OG」として芸能界を目指すなら、ブランド価値を貶める真似は普通しないと思われていた。しかし週刊誌へのリークに、一般社会と根本的にズレている可能性が露呈した。

そんな状況でOGを招待した、宝塚歌劇111周年記念式典『One and only きらめきの、その先へ―。』

 

友の会での招待抽選もギリギリのスケジュールであったため、OG向けの内輪公演ではある。今や新人公演もライブ配信されるというのに、スター揃いのパフォーマンスを配信はせず。

しかしその割には唯一の記念イベントとして、大々的に報じられるアンバランスさがあった。

 

結果的には、大成功。組や専科の垣根を越えたプレタカラヅカスペシャルと思えば、とうとう本格的に通常の宝塚に戻せそうである。

反面、SNSでは OGがマナー違反だと批判する声が出た。そこに反論するOGも出て、ちょっとした炎上状態のようだ。

当事者ファン含め騒いでもいい、という意見は主に「OGのための公演だから」。前述の通り、状況的にも文化的にもOGの招待がメインなのは確かだ。

 

一方で大運動会やタカスペといったファン向けのイベントは無くなったまま、10 年に一度の行事は(おそらく)式典だけ。

110周年が潰れた今回だけは、ファンの気持ちも受け止めなければいけない面はある。

 

また礼真琴の武道館公演で、特に大勢のOGが集まった日は終演後もなかなか出ようとしなかった。会場が大きいので騒いで迷惑とはならなかっただろうが、ファン向けでも同じような行動をしていた事実はある。

 

何より反論にあったOGの努力によって「今に続く宝塚歌劇団がある」というのは、「宝塚のいじめやパワハラ体質を作った」ともいえる。

「責任感じろよ」と批判されていたのだ。

 

宝塚では現実から切り離すためにプライベートは隠すが、その分公式なエピソード(同期、予科本科、初舞台、新人公演など)が出来る関係性を用意している。

映画でも本でもなく舞台の鑑賞が好きなファンは、同じ時間と場所を共有することに意義を見出すからだ。

 

5年以上ぶりに堂々と組を越えた華々しいイベントは、宝塚の一大事をやっと乗り越えた証でもある。

さも何事もなかったかのように「ただの」10年に一度 OG が集まる場とするのは、元タカラジェンヌでありながら宝塚問題への当事者意識に欠け過ぎていた。

 

5年間に及ぶ、宝塚史上最低最悪の暗黒時代

 

コロナでは舞台そのものが不要不急と軽んじられ、公演を行えば叩かれた。中止が連発することで、心身共に負担は増していく。金銭的にも厳しくなり、離れていく人も増えた。

世間が戻ってきても演劇界だけは不安定な状態が続き、世の中から置き去りにされる。

週刊誌に叩かれることも増え、明らかに内部情報が漏れていて疑心暗鬼になっていく。

そしてとうとう起こってしまった宙組生転落死事件。

 

公共のメディアから SNSまで。日本中から叩かれ、蔑まれ、罵られる。

ブランド価値は崩壊し、人生をかけてきたものが全否定される。

肩身の狭い思いをし、これまで持ち上げてきた周囲の手のひら返しもあっただろう。

 

辛すぎる、地獄では言い足りない状況が何年も続いた。

それでも自分の青春を黒歴史にしたくなかった。

何より宝塚が好きだという気持ちは、どうしても変わらなかった。

 

という風に「5年間の苦しみを耐え抜いて再会」とされれば、優しく見守られたはずだ。

程度の差こそあれ、悲劇の5年間に苦しんだのはファンも同じなのだから。

危うい私設FCの存在意義

これぞ運命というべきか。

三回忌に宙組生転落事件の現場近くである宝塚大劇場にて宙組公演『PRINCE OF LEGEND』『BAYSIDE STAR』、宝塚バウホールにて遺族の同期である102期天飛華音と故人の同期である103期瑠璃花夏による『アレクサンダー』-天上の王国-の初日が行われる。

 

喪中には、不謹慎では済まない公演が連発された。

102期遺族が出るはすだった公演では、火傷痕で被害者アピールする悪女が数十年ぶりに登場

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102期遺族の同期である舞空瞳の退団公演では、額の怪我をポスターにまで入れ笑い話にした。

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喪中が酷すぎたので不謹慎は今更だが、今年は呪いが解けたかのようだったので久々にショックだ。

 

去年の一周忌は休演日だったので、初の命日公演となるがそれだけではない。

事件当時は前任、芹香斗亜が大劇場でお披霞目公演を行っていた。そして今年は新トップスター桜木みなとがお技露目公演だ。まるであの日をやり直そうとしているようである。

 

今までの傾向からしてコメントや、黙祷なんてしないだろう。 完全スルーを決め込むはずだ。

しかし一般発売から数日経った現状、三回忌の大劇場チケットはかなり余ってる。

余っているとなればファン以外の、興味本位であえて命日公演に乗り込む客が出てくる可能性がある。もしかしたらヤジまで飛ばすかもしれない。

 

 

村上浩爾社長(元理事長)は、9月の宙組公演からはトップスターのファンクラブにチケットを集約するのをやめ、各劇団員が自分のファンクラブや自分自身が必要な枚数を直接販売窓口に申し込むようにすると発表した。

そのせいなのか、元々完売は難しかったのか微妙なところだが。一般客を入れるには危険性の高い命日公演ぐらいは、ファンクラブが席を埋めるべきに思う。何のために私設FCがあるのか。

 

劇団直通もそれはそれで新たなプレッシャーになる気がするが、トップスターやその会との関係性よりは気楽という言い分も分からなくはない。

しかしSNSなどで問題になっている、客と私設FCのトラブルは相変わらず放置である。

 

・高額転売

チケット犯罪といえばこれだ。宝塚でも何度も通達をしており、逮捕者も出た。

しかし私設ファンクラブでは会費やチケット代の他に、お花代やサポート代として支援金を募っている。そして明文化こそされてないが金額によって、チケットが用意される前提だ。

金額は青天井なので、実質的な高額転売。黙認し続けるのは矛盾である。

 

無関係な第三者と違い出演者なので、舞台を利用した個人写真やお茶会などで儲けるのは分かる。しかし多くの出演者やスタッフで成り立つ舞台そのものをエサに、個人が大きい金額を得ようとするのは違和感だ。

またお花代が集まりにくい、つまり不人気公演とされることが実際に完売するかよりも間題になってしまっている恐れがある。

それがスター同士や、組子からトップスター、さらには人気を落としたと思われる個人との人間関係を難しくしているように思えた。

 

・風営法問題

ホストが社会問題になったことで、 表現や営業の規制が増えている。推し活のためのファンサービスも、 接待と受け取られれば禁止の恐れがあるそうだ。

宝塚でもグッズの購入数に応じ特典を用意していた例はある。微妙なところだがファンサービスを受けやすい席を用意するというのも、接待に含まれる可能性は否定できない。

 

また前述のお花代は、 ファン同士を競わせることでより大金を集める意図がある。そこもホストクラブの戦略と似ているようだ。

金銭的に不自由していないファンが大半のイメージではあるものの、生活に支障をきたす金額を払ってしまった例もある。OGの代表格である大地真央が長年、消費者金融の顔としてCMに出ているのはなかなか危ない誘導だ。

 

元々個人FCは私設という言い訳や10年程で入れ替わる回転の早さから、問題があるのは分かっていても大事になりにくかった。

スターシステムを維持し、舞台のチケットという難しい商品売るには最善策ともされていた。

 

しかし今回の宙組のように、ここぞという時に活きないのなら。

さらに根本的な見直しが求められるだろう。

『阿修羅城の瞳』で真価を発揮し『エスペラント!』に解放される礼真琴

武道館が宝塚の復活祭なら『エスペラント!』は礼真琴の解放祭だ。

 

『阿修羅城の瞳』含めても、無理をしている様子がない。こんなに伸び伸びとした姿、現役中に見れるとは思わなかった。本当に間に合って良かった。

 

『阿修羅城の瞳』は雰囲気も雪組っぽさがあり、そこが無理せず礼真琴らしさのままでいさせていた。

特に着物含め、衣装が全て礼真琴にピタッと似合っている。

これまでコスチュームの星組トップスターなのに、衣装に着られていた礼真琴。

最後の最後でちゃんと着こなした姿は新鮮であった。

 

礼真琴は同期~予科本科や生え抜き同士のような、ビジネス性が強まる前からの相手にはリアルさが出る。敵設定でも親密さが滲み出た、素が売りのアイドル芝居ともいえる。

 

反面、組替えで来た相手には、まるで鏡に向かっているように自己完結した芝居だ。

一人語りのように発散していく演技は今回、暁千星に対し存分に発揮されていた。

 

『Le Rouge et le Noir ~赤と黒~』でルイーズ・ド・レナールへの思いを勝手に高めるジュリアン・ソレルは、今回の病葉出門と重なるものがある。

当時は有沙瞳が深すぎるぐらい深い演技力と娘役芸で、礼真琴を抜群に格好いい男役に仕上げていた。

 

そして今回の暁千星は、まさしく鏡のように礼真琴と対時している。お互いの世界を侵食しないまま、それぞれの独立した芝居が凄まじい勢いで広がっていく。

 

これこそが「礼真琴の芝居とは」の答えに思う。無理に合っているように見せ(かけ)るのではなく、凸に凸で両者一歩も引かない。

まるで過去や未来へ自問自答しているようでもある。

 

これまでは売りが被っていて、同じタイプは何人もいらないのが本音であった。

しかし礼真琴は作品数のわりに、変な憂いなく行えた公演がほぼ無い。せいぜい武道館と今回ぐらいだ。110周年を中心に、果たせなかったことが多すぎる。 

悲劇のトップスターから全てを託される後任として、写し鏡のような暁千星である意義を痛感した。

 

様々な期待が絡む『阿修羅城の瞳』に対し、完全なる退団公演が『エスペラント!』だ。

前述の通りシンプルからゴテゴテまで幅広い衣装ながら、 着られている物が一切ない。

そして憑き物が落ちたように生き生き、伸び伸びとしている。別箱はともかく、トップスターになってからの大劇場でこんな礼真琴は初めて見た。

 

新トップコンビのお披露目に使い回されるのは『Tiara Azul -Destino-II』なので、純粋に礼真琴の退団だけを考えたレビューである。

 

これまでも礼真琴の舞台はワンマンショー的ではあったものの、 他退団者や次期シーンまで中心は礼真琴。暁千星がメインの場面も、あくまでも礼真琴のストーリーへの骨組み。つまり全てが礼真琴のシーンなのだ。

 

星組カラーの青=青い星がメインテーマだが、やはり「去る」ことに重点を置いている。

恋を得て日常に戻っていく姿、解放され地上へ飛び出す姿、人々との別れと舞台そのものへの別れ。

 

礼真琴にとって最初で最後の、純粋な「礼真琴のための舞台」だ。

このレビューだけは、ビジネスとしての忖度や邪念が一切無い。

 

サヨナラショーは武道館での『THE SCARLET PIMPERNEL(スカーレット ピンパーネル)』に続き、宝塚の改革を革命に重ねた『1789 -バスティーユの恋人たち-』が中心になった。大量の中止を補填してもいる。

 

もちろん『BIG FISH(ビッグ・フィッシュ)』で、礼真琴個人のクライマックスシーンもちゃんとある。とはいえ壮大な演出とメッセージ性は、個人のサヨナラショーの域を超え宝塚歌劇団に向けられていた。

これも毎日の本公演が礼真琴サヨナラショーだからこそ。

活気と透明感あふれるレビューは、星組と礼真琴の恩返しをしあう心で出来ている。