『火垂るの墓』の節子だけアメリカ人が演じたら、大問題だ。
日本人への冒涜としかいいようがない、アジア人蔑視である。
日米ハーフでかなりアメリカ色が強い新雪組トップ娘役、音彩唯が『波うららかに、めおと日和』のなつ美をやるのも同じ。
戦闘シーンが描かれる可能性は低いが、アメリカとの「戦争の影が忍び寄る」時代がテーマなのは言うまでもない。
アメリカ兵と戦うことになる瀧昌を思うなつ美が、アメリカ人にみえると話が全く変わってしまう。
ルーツ非公開というわけでもなく、入団時から「アメリカ人を父に持つ」ことを売りにしてきたのだ。
音彩唯は宝塚において、名実共にアメリカの象徴である。
またなつ美は家族との場面も多い。純日本人顔の両親や姉妹に囲まれて、一人だけどう見ても白人系なのは特殊な設定が必要になる。普通にしてたらおかしい。
しかも洋風は「新しい物」としてソワソワ接する、どう見ても西洋人では成り立たない話が多い。
変なノイズとなり、本来のストーリーが入ってこなくなるだろう。
有色人種が白人をやるのはポリコレだが、白人が有色人種をやるのは特権拡大の侵略。文化の盗用だ。
音彩唯はあくまでも白人系だが、日本においては白人として扱われる見た目である。人種間の力関係について、日本人はとことん鈍い。
近年、白人によるアジア人への差別攻撃が SNS などでも広く周知されるようになった。白人のアジア人蔑視は、日本国内にいても痛感できる。
しかし日本人は被差別階級であることを自覚せず、白人系に譲り与える側というお花畑思考が目立つ。
そうして「日本人」を明け渡し、根っこから全て奪わせようとしているのだ。
音彩唯の弊害は無茶苦茶なダイバーシティを強要する日本物より、周囲を偽物にする西洋舞台の方が大きいと思っていた。
朝美絢も瀬央ゆりあも濃い顔立ちで洋物が似合う方ではあるが、本物の白人である音彩唯と並ぶとどうしても偽物になってしまう。
男役の中に本物の男性が入るのと似た現象だ。
宝塚の「虚構」は、演者やスタッフ全員の配慮で作られる。男役は偽物の男性ではあるので、娘役は特に気をつける必要がある。トップ娘役がトップスターを公開処刑など論外。
音彩唯1人の違和感なら見て見ぬふり出来ても、舞台全体が壊されると見ていられない。
しかし今回の件で、日本物に出すこと自体にセンシティブな問題があると痛感した。
また宙組公演『BAYSIDE STAR』の「海ゆかば」や、故人と重なる音彩唯の火傷痕
他の不護慎な件も、単なる劇団のチェック不足だとする声が多かった。
しかし今回の件から、全てわざとだと考えるしかなくなる。
生ぬるい信用も崩壊したのだ。
次は広島や長崎で「消えた8月」でも歌わせるのだろうか。