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タカラジェンヌの誇りと当事者意識が両立しない(一部)OG問題

102期である遺族をはじめ、元を含めた多くの生徒が宝塚を叩いた。

もちろんこれまでも内心様々な本音はあっただろうが、「宝塚を裏切らない」という一定の信用が崩壊したのだ。

 

以前から批判を浴びていた暴露系YouTuberなどは、叩いても揺らがないと安心していたからこそ売名に使ったはず。

「宝塚OG」として芸能界を目指すなら、ブランド価値を貶める真似は普通しないと思われていた。しかし週刊誌へのリークに、一般社会と根本的にズレている可能性が露呈した。

そんな状況でOGを招待した、宝塚歌劇111周年記念式典『One and only きらめきの、その先へ―。』

 

友の会での招待抽選もギリギリのスケジュールであったため、OG向けの内輪公演ではある。今や新人公演もライブ配信されるというのに、スター揃いのパフォーマンスを配信はせず。

しかしその割には唯一の記念イベントとして、大々的に報じられるアンバランスさがあった。

 

結果的には、大成功。組や専科の垣根を越えたプレタカラヅカスペシャルと思えば、とうとう本格的に通常の宝塚に戻せそうである。

反面、SNSでは OGがマナー違反だと批判する声が出た。そこに反論するOGも出て、ちょっとした炎上状態のようだ。

当事者ファン含め騒いでもいい、という意見は主に「OGのための公演だから」。前述の通り、状況的にも文化的にもOGの招待がメインなのは確かだ。

 

一方で大運動会やタカスペといったファン向けのイベントは無くなったまま、10 年に一度の行事は(おそらく)式典だけ。

110周年が潰れた今回だけは、ファンの気持ちも受け止めなければいけない面はある。

 

また礼真琴の武道館公演で、特に大勢のOGが集まった日は終演後もなかなか出ようとしなかった。会場が大きいので騒いで迷惑とはならなかっただろうが、ファン向けでも同じような行動をしていた事実はある。

 

何より反論にあったOGの努力によって「今に続く宝塚歌劇団がある」というのは、「宝塚のいじめやパワハラ体質を作った」ともいえる。

「責任感じろよ」と批判されていたのだ。

 

宝塚では現実から切り離すためにプライベートは隠すが、その分公式なエピソード(同期、予科本科、初舞台、新人公演など)が出来る関係性を用意している。

映画でも本でもなく舞台の鑑賞が好きなファンは、同じ時間と場所を共有することに意義を見出すからだ。

 

5年以上ぶりに堂々と組を越えた華々しいイベントは、宝塚の一大事をやっと乗り越えた証でもある。

さも何事もなかったかのように「ただの」10年に一度 OG が集まる場とするのは、元タカラジェンヌでありながら宝塚問題への当事者意識に欠け過ぎていた。

 

5年間に及ぶ、宝塚史上最低最悪の暗黒時代

 

コロナでは舞台そのものが不要不急と軽んじられ、公演を行えば叩かれた。中止が連発することで、心身共に負担は増していく。金銭的にも厳しくなり、離れていく人も増えた。

世間が戻ってきても演劇界だけは不安定な状態が続き、世の中から置き去りにされる。

週刊誌に叩かれることも増え、明らかに内部情報が漏れていて疑心暗鬼になっていく。

そしてとうとう起こってしまった宙組生転落死事件。

 

公共のメディアから SNSまで。日本中から叩かれ、蔑まれ、罵られる。

ブランド価値は崩壊し、人生をかけてきたものが全否定される。

肩身の狭い思いをし、これまで持ち上げてきた周囲の手のひら返しもあっただろう。

 

辛すぎる、地獄では言い足りない状況が何年も続いた。

それでも自分の青春を黒歴史にしたくなかった。

何より宝塚が好きだという気持ちは、どうしても変わらなかった。

 

という風に「5年間の苦しみを耐え抜いて再会」とされれば、優しく見守られたはずだ。

程度の差こそあれ、悲劇の5年間に苦しんだのはファンも同じなのだから。